“お庭でかくれんぼ?” 〜カボチャ大王、寝てる間に…。J


どちらかと言えば北方なのかも知れぬ雪深いこの王国にも、
やっとのこと遅い春が来て作付けも終わり。
今は初夏めいた爽やかな陽気が続く、過ごしやすい季節。
北方と言いつつ夏は結構な暑さも襲い来る地域だが、
その前に雨季のような長雨が降りしきるため、
今の時期の晴天はそれへ備えての作業があれこれあって。
長雨を前に、耕作地の水路整備は勿論のこと、
農家に限らぬ話で生活にはありがたい雨水、
いわゆる“天水”を、
打って変わってカラリと暑くなる夏場に向けて、
溜めておくための池や桶の点検に。
湿気の多い雨季に入る前にという衣類や書物の天火干し。
食糧庫や畜房の掃除と換気の徹底などなどと、
庶民だけじゃあ人手の足りぬ方面へは、
王政権配下の兵らも繰り出して回すほどに、
手厚い庇護も万全という治政が行き届きつつあって。

 “それもこれも、セナ様の影響だろうな。”

皇太子殿下づきの隋臣長の高見さんが、
各地からのお礼の文書の到着についつい口許をほころばせる。
今までだって人民をおろそかに扱って来た王政ではないし、
政権があまりに細かいことばかりを徹底するのは、
木を見て森を見ず…ではないが、
外交だとか国全体の健全化だとか、
大局への対応こそが役目のはずが、
瑣事に振り回されて機能出来なく成りかねず。
自治能力の保持も兼ね、
民がすべきことへは補助以上の手出し口出しはしない…という、
そういうバランスを保つのもまた政策であるのだが。
そのバランスが、さて、王権側からはなかなか窺いにくく。
うっかり窮状を看過してしまった末に、
叛旗が揚がり蜂起が起きかねぬワケなのだけれど。
その点を補っているのが、他ならぬ、
皇太子殿下の身の回りをお世話する、小さな少年の心遣い。
奇跡のような縁あって、王宮へ迎えることとなった少年がいるのだが、
そもそもは、おこがましい言いようながら、
ご褒美のようなものとしてのお迎えだったはずが、
それは繊細な気遣いに長け、寡黙な殿下への話しかけを欠かさぬ彼は。
そんな日常の合間合間に、
今頃だとどんな祭事があるとか、どんな作業に忙しいとか、
民の生活をそれは楽しそうに語ってくれて。
それがまた、殿下へもよほどに感化したか、
先日なぞ、五月の豊饒祭にお忍びで出掛けられ、
ポールの頂上から下げられたリボンを手に手に、
輪になって踊る娘さんたちに見つかって。

 “あれは結構な騒ぎになりましたよね。”

最初はそのような身分の方とは知らず、いい男がいるよという騒ぎだったものが。
収拾がつかなくなったら…と危ぶんだ傍づきの衛兵が、
殿下であるぞ控えおろうと先走って口にしたものだから、
却って人が集まってしまい。
悪い騒ぎではなかったものの、
なかなか帰るに帰れなくなってしまい、
遂には城から迎えが運んでしまったという、
どこがお忍びだったやらという一日になったのだっけと、
そんなこんなを思い出していた隋臣長様だったのだけれど。

 「高見様。」

お廊下から庭を眺めていやった側近様へ、
愛らしい声が飛び、何でしょうかと振り向けば、
そこには小間使いの少女がおずおずと立っている。

 「あのあの、セナ様はどちらにおいででしょうか。」
 「はい?」

何処も何もと言いかかり、ああと途中で気がついた。
朝も早いこんな時間は、こっそりお部屋を抜け出して、
庭師の方々に入り交じり、庭木の世話をなさっておいで。

 「殿下がお起きになられたのですね?」
 「はい。」

いつもは殿下のお目覚めに間に合うよう戻られるのだが、

 「今日は早めにお目が覚められたとか。」
 「おやおや。」

いつからだろうか、
セナ様が窓辺へお花を一輪飾るのが合図のようにお起きになる殿下なはずが、
今朝はそれを待たずして…ということならしい。

 「このところは夜明けも早まっていることだしね。」

明るくなる、その気配のようなもの、鋭敏に拾っておいでの殿下なのかも知れず、

 「判ったよ、セナ様はきっとあの中に……。」

にっこり微笑って窓の外を再び見やった隋臣長様が、だが、
そのまま表情を止めてしまわれたのは、

 「………しまった、どれがセナ様だろうか。」

作業中に自分たちが傍まで運んで声を掛けると。
庭師の方々が飛び上がってしまったり、
心配症な気の小さいお人ともなると、
何か落ち度があったんじゃあと数日ほども気に病まれるそうなので。
それをこそ案じてしまわれる、気立ての優しいセナ様のご要望、
出来れば一声だけの声かけで済ませたいところ。
と言っても、

 「失礼ながら、お小さいのがそうではありませぬか?」
 「とは思うのだが。」

ほれと高見さんが指差した先には、同じくらいの背格好の少年が数人ほどいて。
脚立に上がっている師匠だろう大人の指示で、
柄の長いハサミを取って手渡していたり。
そうかと思えば呼ばれて駆け出す者、
二人掛かりで肥料の入った麻袋を運ぶ者なぞと、

 「…お小さい方も結構おいでなのですね。」
 「ああ、特に今時分は新米さんが増えるから。」

畑の作付けと同じく、自然を相手の庭仕事もまた、
春と雨季の狭間は忙しいらしく。
職人さんたちの息子さんや親戚筋の子供らが、
大人に混じって修行を始めるのがこの時期だとか。

 “さて困りましたね。”

別段、跳ね上がるほど驚かれても構いはしない、
此処はそういうところと慣れてもらわにゃいかん…という
考えようもありはするが、
セナ様が今後もまた皆さんと入り交じって作業をするのに、
気まずさが残ってしまっても剣呑だしと。
どうしたものかとあちこちを目線だけで見回しておれば、

 「………あ、殿下。」

小間使いの少女が驚いたような声になり、
ははぁと頭を垂れての“恭順の姿勢”を取った。
無論のこと、内務長である高見もまた、
これはと殿下を目視してから頭を垂れかかったものの、

 「………。」

構うなということか、
手を挙げて制する仕草をなさった、上背のおありな清十郎殿下。
そのまま窓辺へ立つと、庭をくるりと見回してから、
すぐ間近を駆け抜けかかった少年へ、

 「………セナ。」

彼へだけ辛うじて届いただろうという声音。
一言だけを掛けたところが、

 「え? あ、殿下。高見様も?」

立ち止まった作業着姿の少年がお顔を上げれば、
陽避けにとつばの広いお帽子の下から現れたのは、
見間違うことなくのセナ少年本人で。

 「お起きだったのですね、遅れて済みません。」

わたたと慌てて頭を下げ、
すぐに戻りますとあたふた駆け出す少年を見送る、
それは穏やかそうな横顔こそ、

 “何とまあ、幸せそうなお顔だこと……。”

見つけることへの支障なぞ感情には入っていなくての、
ただ単に、今日もお顔が早々に望めたぞという、
甘い何かを咬みしめておいでのお顔だなぁと。
それこそお付き合いが長いからこそ判る高見さんだったそうで。
今朝は白いばらを一輪 手にし、
お部屋まで戻っておいでのセナ様を待つべく、
くるり踵を返された殿下の広い背へ、
初夏の爽やかな陽が明るく差した、王宮の朝だったそうな。





  〜Fine〜 11.05.26.


  *きっとセナくんは
   早く起きてまずはとひと仕事しちゃうような子だと思います。
   今時分の王宮のお庭は、
   バラだのヒナゲシだのが、綺麗なんでしょうね。
   でもでも、実は清十郎殿下は、
   ガーベラとコスモスの区別がつかない人だったりして。
   さすがにキンセンカとヒマワリの差は判るのでしょうが、
(笑)
   摘んで来たセナくんをしょげさせぬためにも、今時分から特訓ですね。
(苦笑)

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めーるふぉーむvv

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